断捨離してからが本当の試練だってことご存知ですか?

みなさんも断捨離してますか?

数年前に断捨離ブームが起こりました。
「これを断つ」「あれも捨てる」「それらから離れる」といった具合に、みんなこぞって断捨離してたときが懐かしく思えます。

整理整頓、リサイクルといった観点から見ると、それもいいかも知れません。

しかし、断捨離を本質的な観点から見るとどうでしょう。
『みんな平等に与えられたキャパシティ』(過去記事)

みんなに平等に与えられたキャパシティ

7月 10, 2019
その記事にも書いたように、人にはそれぞれ与えられた器を持っています。そしてその器の容量は(キャパシティは)みな均一で平等です。

 

「断腸のおもいで断ったのに、結果がイマイチ…」
「かなり捨てた割には、何も手に入ってこないが…」
「やっと離れることができたのに、なんだかねぇ…」という人が多くいます。

なぜそういう結果になってしまうかというと、感謝せず断捨離してしまったからです。
長年お世話になったものを手放すとき、心の中で「今までありがとう」という気持ち。

波動という波を発してるのは生き物だけではありません

そういう人に聞いてみたいことがあります。
「本当は捨てたくはないけど、さらに自分を磨くために手放さないと…。ゴメンね」
「好きだしカワイイけど、今のわたしが持ってることはできない…。ゴメンなさいね」
という気持ちがありましたか?

 

人や動植物でもそうですが、物や事、言葉や行動にも波動があります。
ということは、手放すときにも敬意を持たないといけません。

「ボロボロになったから捨てる」
「デザインが古臭いから捨てる」
それはただの不用品を処分してるだけ。
そんな捨て方をしたのでは、手に入るものも入らなくなってしまいます。

相手の立場と(ここではモノですが)自分の立場を置き換えてみることをおすすめします。
置き換えるには、波動のことを少し学ぶ必要があります。

私談
『野菜でも肉でもそうですが、食べ物を粗末にしてはいけない』と私はよく言います。
『捨てられるために(粗末にされるために)この魚は生まれてきたのではない』と付け加えるときもあります。

私が魚だったとしたら、せめて残さず食べて欲しいと思います。

本当のストーリーが始まるのは断捨離を終えてから

『断捨離はゴールではなく、スタート地点である』ということを忘れてはいけません。

思い出のあるものを捨てるのは辛いことです。
捨てるか残すか迷いもありますし、苦痛もあります。
相当な覚悟で捨てる場合もあります。

そして、やっとのおもいで手放したとき(捨てたとき、断捨離したとき)本当のスタート地点に立てるんです。

『捨てて終わりではなく』
『捨てたから手に入るのではなく』
捨てたことによって、新しい何かを手に入れる権利を手に入れただけに過ぎません。

『断捨離は、新しい何かを手に入れる権利を得るためのもの』

最後のまとめ

断捨離を理解していない人が少なくないので、改めて書いておきます。

『手放してからが本当のスタート』ということ。
『手放してからが本当の試練が待っている』ということ。

『そして、その未来は思ったとおりになっている』ということを。

 

長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。
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