人は死ぬ瞬間まで成長できる生き物

成長を望まなくなった時点で人の心は死んだも同然

「成長したい!」と思えることは人間だけに与えられた特権といっても過言ではありません。

まず初めに書いておきます。

成長には3つあります。
「身体の成長」と「頭の成長」と「心(魂)の成長」の3つです。

違う表現をすると、肉体・頭脳・精神の3つです。

今回は「身体の成長」と「頭の成長」の2つは省略しますが、
興味がある人はご自身でお調べくださればと思います。

本題の『人は死ぬ瞬間まで成長できる生き物』ということに戻ります。

見方を変えると、『人に生まれたからこそ、成長することを許されている』となり、
究極に拡大解釈をすると、『成長し続けることが人生の目的』とも言えます。
逆を言えば、成長を望まなくなった時点で、人として生きることを放棄したともいえます。

「難しそう」
「面倒臭い」
「興味ない」と、いろんな理由で避けてきたことは誰にでもあると思います。

成長を放棄することは「本当は避けては通れないこと」とわかっていても、です。

難しそうだから、やらない。
面倒臭そうだから、やらない。
興味ないから、やらない。

私からみれば『もったいない』の一言に尽きます。

せっかく死ぬまで成長を許されているのに、それを放棄するということになります。
目的が決まっているのに、たどり着く前にリタイヤすることになります。

辞退した時点、リタイヤした時点で、相当な損失です。

大きな樹が、どうしてそこまで大きく育つことができたのか?

私の答えは、『豊富な栄養を摂り、余分なものを振り落としたから』です。

豊富な水分と、豊富な太陽光と、豊富な二酸化炭素を吸収し続け、
発育の悪い小枝や枯葉を振り落とした結果、大きく大きく育ったわけです。

人間も同じです。

「難しそう」「面倒臭そう」の一言で、やる前から自分の限界を決めてしまうのではなく、結果がどうであれ、とりあえず「やってみる」んです。

結果が出ず、無駄に終わったとしても、それは自身の経験値となります。

「やったこと」には「やったこと」という事実が残ります。
そこから何かを学べますし、「やりきった」という自信もつきます。

人としてこの世に生まれてきた最大の醍醐味だと思っています。

それと余談になるかも知れませんが、
「わたしには難しい」といった思い込みや決めつけ。

『思い込みほど怖いものはありません』
人生の2つの大敵は、『未知への恐れ』と『思い込み』なんです。

その2つの大敵が、「大敵でもなんでもなかった」とわかった瞬間、人生は大きく激変します。

最後のまとめ

別に大きな何かをやり遂げる必要はなく、小さなことでもいいんです。
その小さなことを「やり遂げた」という自信。それを積み重ねていけば、気づいたときには大きな何かも「やり遂げる」ことができます。

予測のできない未来をみて、できないと思い込み、「難しい」「面倒」となるのではなく、とりあえず「やってみる」というチャレンジ精神。

その気持ちが大切です。

もちろんですが、「後でやる」といった先送りもおすすめできません。

『成長し続けることが人生最大の目的』

 

長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。
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