厳しいワークをあえてする意味があるのか?とも思う

大阪は真夏のような暑さが続いてます。

大阪市の特別定額給付金は7月末になるらしい。
これが“速やかに”というやつなら、速さと遅さの概念が覆りそう。

ま、どうでもええけど。

厳しいワークをわざわざする必要はない

「瞑想が面倒」
「内観は面倒」
「インチャイワークは時間がかかる」
「波動なんか意味わからん」
「メンタルワークそのものが辛くて苦しい」

そう思ってる人も多いはず。

 

「潜在意識と顕在意識?」
「魂?」
「本質に真理?」
「エネルギーワーク?」

「目に見えんことなんかどうでもええ」と思ってる人も多いはず。

 

「今より上の幸せ?」
「高みを目指す必要ない」
「今が良ければそれでオーケー」
「今が最高に楽しい」

そう感じてる人も多いはず。

 

それはそれでええと思うよ。

ただ、今より上があると知ったら目指すほうがいい

やるか?
やらんか?
それは人それぞれ。

 

けど、今より上があると知ったのであれば目指すほうがいい。

 

瞑想も内観も。
インチャイワークも。
潜在意識も顕在意識も。
波動も。
幸せも。
メンタルワークも。

すべてにおいて今より上があるというのは直感でわかる。

 

メンタルワークに「これで十分」というのはない。

まあ言えば、メンタルワークは青天井。

やから、メンタルワークにゴールはない。
きっちりしたゴールがあるほうがまだましと思うわ。

まとめ

ゴールがないのがメンタルワークのええとこ。

辛いから、面倒やから、厳しいから、“やめる”のではもったいない。

人が遊んでるときも、人が寝てるときも、ひたすら何かに情熱を注いで打ち込めばええ。

それができんならメンタルワークでもなんでも最初っから手を出すべきではないと思う。

 

長くなりましたが、いつも最後まで読んでいただきありがとうございます。
ご質問、ご意見はこちらのコンタクトフォームからお願いします。
rerioty