成長の最大の妨げは恐れにあり

当ブログの性質上『精神的成長』が主になっております。
精神的成長とは、霊的成長や魂の成長など、スピリチュアルな成長全般を意味します。

※スピリチュアルとサイキックは意味が異なります。
それらの意味に興味がある方はご自身でお調べいただければ幸いです。

魂や精神を成長させる方法はいろいろ

「武道を習いに行き精神面を鍛えたい」
「ヨガやピラティスで自分磨きをしたい」
「世界観が一転するような一人旅に行ってみたい」
「お寺で座禅をしたい」
「瞑想や座禅で本当の自分と出逢いたい」

霊的成長や魂の成長など、精神的成長(以下、スピリチュアルな成長と表します)が見込めるものは他にも多くあります。

しかし、成長できないのはなぜ?

しかし、「どれをやってもイマイチ成長していない」という人が少なくありません。

その原因は今回のタイトルにあるように『恐れ』なんです。

 

生まれたての赤ちゃんから幼児期のころには一切の恐れがありません。

熱いものでも平気で触ろうとしますし、危険なところにでも平気で足を踏み入れます。
横から車が走ってきても、平気で飛び出します。
オモチャやなんかも口に入れ、中には飲み込んでしまう子もいます。

私が幼いころは、母親のヘアピンを飲み込んで救急車で病院にいったり、部屋に落ちていたハエの死骸を食べたこともあります。

 

幼いころは誰もが恐いもの知らずだったはずです。
すごくピュアだったんです。

そのころのまま成長していければ、「スピリチュアルな成長ができない」と嘆く人も限りなくゼロに近づくと思います。

成長できない人によくある特徴

「失敗するのが恐い」
「常識、普通を壊せない」

「周りの目や世間体が恐い」
「自分の殻を破れない」
「ケガしたくない」
「不倫(不貞)は良くない」※不倫を擁護しているのではありません。
「痛いおもい、辛いおもいはしたくない」

「風習、習慣があり思ったことができない」など、恐れは多くあります。

それらネガティブな感情は私たちに日常的につきまとう感情です。

それらの感情は、過去の経験則や刷り込みによりインプットされます。

未来は誰にもわからない

「ネガティブな感情」
そんな一言で済ませていいのでしょうか?
本当にネガティブな感情なのでしょうか?

どれも未知への恐れではありませんか?

風習、習慣(慣習)だけかも知れませんよ?
経験則どおりにならないかも知れませんよ?
やってみたら意外とすんなりいくかも知れませんよ?

未来は誰にもわかりません。

上手くいくかも知れないし、失敗に終わるかも知れません。
しかし、失敗を恐れる必要なんてありません。

人は失敗から多くを学ぶ生き物

『結果は誰にもわからないけど、とりあえずやってみる』
この気持ちが大切なんです。

「結果を恐れて、なにもしない」
こんなネガティブでマイナスな思考では成長なんて見込めません。

 

『やらないで後悔するより、やって後悔するほうがいい』と過去の偉人は言います。
まったくそのとおりです。

やらないで後悔している人の表情は曇りがちですが、やって後悔している人の表情は晴れ晴れしています。

やらないでいつまでもウジウジとネガティブな思案を重ねるのではなく、仮に失敗したとしても「また失敗しちゃったよ~」とポジティブな笑顔で言える人はスピリチュアルな成長が早いです。
もっといえば、やってみてから自分に向いてなければ、さっさとやめてしまっていいんです。

そして、ポジティブな笑顔の人の未来はキラキラと光り輝いてます。

最後のまとめ

どうしても世間体が気になる人。
一般常識の枠から抜け出せない人。
自分の殻を破れなかった人。

今まで後回しにしてきたことを何か1つだけでいいですから実行してみて欲しいと思います。

それだけで自分に自信が持てるようになります。
そして、その自信は魂(心、精神)の糧になり、より一層大きな一歩を踏み出す勇気を与えてくれます。

『恐れに飛び込む勇気と覚悟を持って欲しく思います』
それだけで世界が大きくかわります。

 

長くなりましたが、いつも最後まで読んでいただきありがとうございます。
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