幸せは、どれだけ一生懸命に生きてるかで決まる

「本当の幸せを感じたことがない」という方が多くいます。

幸せ満足度は何で決まるのか?

「食べることができるだけで幸せ」
「好きな人といるだけで幸せ」
「仕事ができるだけで幸せ」
「健康な身体で長生きするだけで幸せ」
「お金持ちになって欲しいものが何でも買えることが幸せ」

幸せの定義は国によっても違いますし、人によっても違います。

日本で生まれ育った私たちには「日本は満たされてる」ということ自体が当たり前になっていて気づかないかもですけど、水道や電気といったライフラインが未だ整備されていない国はまだまだ多くあります。
これは実際に自分自身の目で見て、実際に体験すれば一目瞭然のことですから、時間に余裕のある方は色んな国を巡るのもいいかもしれませんね。

「幸せ」を感じて生きていくには?

職業柄もあり「幸せを感じる生き方ってどんなの?」と尋ねられることが少なくありません。

感じ方も人それぞれですから『この人の幸せはコレ!』と言えるわけもありませんので、私は最近こう答えます。
『どれだけ本気で生きてるかで決まると思って間違いないです』と。

一生懸命に。
必死に。
努力して。

望んだ結果が出ようが、望まない結果が出ようが関係ないんです。

ただ、「結果ありき」で物事を考える人が、「いい結果が出なかった」と思うのであれば、それは努力が足りなかっただけのことです。

 

結果より、そこに至ったプロセスのほうが大切です。
『プロセスを大切に思ってる人は、結果がどうであっても気にしません』
そしてまた次のプロセスに進んでいきますからね。

「幸せを感じない」という人に共通する特徴

「やりたい」と思ったことはやればいい。
「やりたくない」と思ったことはしなくていい。
義務教育だから、学生だから、勉強しないといけない?
社会人の努めだから、仕事しないといけない?

私の本音を言えばそんなのは『NO』です。

勉強や仕事でも何でも同じですけど、やればやるほど、一生懸命、必死に努力すればするほど大きな結果を得ることができます。

共通点

ここで誤解を誤解と気づかない人も少数派ですけど実際にいます。

必死に努力もしないで、やるときにやらなくても人はなんとなくでも生きていけてしまうんです。

さらに怖いのは、「やる」と言って「やらない」こと。
これ、いつか必ず後悔しますから。

 

ある成功者が「学校なんか行かなくていいよ」と言ってたとします。

幸せを感じたことのない人に見受けられる特徴の1つに「受け売り」というものがあります。

自分に都合のいいように、または都合のいい部分だけを抜き取り、「じゃあわたしも学校やーめた」というケース。
これダメですからね。

最後のまとめ

リフレッシュ休暇中に放浪のひとり旅をしてきました。

前々から行きたかったところと、ここ最近になって『行きたい』と思ったところです。
念願だった前者は叶えることができました。後者の『行きたい』ところは、行ったことで『住みたい』に気持ちが変わりました。
実際に自分の目で見て確かめたかったし、その場の【空気】も行かないと知ることができません。

『行きたい、やりたい』と言うのは簡単です。

その「~たい」という夢(願望)を叶えるために何をするか?
その「~たい」という夢(願望)を叶えるために何を捨てる覚悟が持てるか?

先ほどの後者にある『住みたい』に気持ちが変わったところに着いたとき、『もう今ここで死んでもいい』とさえ思えました。
それほどの達成感と至福感に包まれたんです。

家族には「もう帰ってこないかと思ったわ、笑」と嫌味を言われましたけど、それも含めて結果オーライな放浪の旅でした。

 

私の都合で無理を言ってカウンセリングの日時を変更してくださった方、本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
そして大きな心で応じていただいたクライアントさんの方々に感謝しています。

 

長くなりましたが、いつも最後まで読んでいただきありがとうございます。
ご質問、ご意見はこちらのコンタクトフォームからお願いします。
rerioty